おにやんま

しばらくぶりのブログです。いまBob Dylanのdvdみながら書いてます。

なんだか夏の忙しさから、ぽかっと解放されてまったりとした時間を過ごしてます。

先週末、ひさしぶりに仙台に帰り、まずは仙台ワークショップにひさしぶりに行き、みんなとタップを踏んだ。仙台のみんなの発表の場も決まり、こちらも気がひきしまった気がする。

そして次の日は鈍行の電車にゆられておじいちゃんのいる田舎までお見舞いにいってきた。おじいちゃんはこのブログにも何度か登場している、前に僕のステージにも上がって「与作」を熱唱したりしたあのおじいちゃんだ。
母と電車から見る風景は、街から離れ田んぼの緑の中に入っていき、車窓から差し込む光がセピア色にみえた。久しぶりに訪れた懐かしい風景。駅を降りると、昔は華やかに思えた街並がこぎれいに小さくまとまっていた。人はほとんどいなくて店のほとんどはシャッターが閉まってた。

しばらく歩くと、おじいちゃんのいる病院についた。

ベッドに寝ているおじいちゃんは見違えるほど痩せていた。動揺した。寝ていたおじいちゃんがぱっと目を覚ますとなにか夢をみていたのか「こんなにおおきくなったのか」と小さな声で僕を見て言った。そんなことを今まで言ったこともなかったから、最初は冗談を言ったのかと思った。
2日間、短い時間だけどおじいちゃんと過ごした。
一日目は、動揺を隠せずに一緒にいるだけで辛くなる気がしていたけど、二日目にはいろんな会話が出来た。
ほとんどの時間、おじいちゃんは自分の今の状況が受け入れられないと言う言葉だったけど、たまに冗談を言うようにもなった。
しわしわになった顔に立派についている鼻をみて、「おれも同じ鼻だね」と言うと
「苦になんねえか?」と東北なまりで言って笑った。
TAPをずっと踊ってて疲れないのか?と言ったり、「最低から最高が生まれるんだ」とか「いつまでも素人とおなじようにやるんだ」とかはじめておじいちゃんからアドバイスをもらった。

おもえばおじいちゃんとこんなにじっくり話をしたのは、どれぐらいぶりだろうか。
こんなに近くにいたのにはじめて経験することばかりだった。

時間がゆっくり過ぎてる。窓からの光がおじいちゃんの顔を照らしている。遠くを見ている目は、すごく透き通っていて神々しい。注射が刺さっている腕は、100年近く生きた樹木のようだが、やわらかくてあったかい。

子供の頃、今とおなじような季節、たくさんのススキに覆われた野原をおじいちゃんと虫取り網もっておもいっきり走ったのを思い出した。おにやんまを追っかけた。
おじいちゃんもぼくも夕日のなかを思いっきり走ってた。

帰りに叔母と話した。いま、いろんなことを学ばせてもらってる。

つらいこともかなしいことも生きてるってほんとにすごいことだなあ。




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by kazthehoofer77 | 2008-10-15 02:34
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