『クラリモンド』の旅

日々の欲望との葛藤は人間を狂わせる。
『クラリモンド』は現代の社会の中で生きる自分たちの姿を映し出しているなあと
日々、演じている中で少しづつ見えてくることが自分の中であります。
ストーリーの時代背景のなかではロミュオーはクリスチャンである自分と、ありのままの自分の本能(悪魔)との対立でもがく。現代であれば「クリスチャンでなければ」という台詞はきっと他のそれぞれの職業に置き換えられるかもしれない。(「政治家でなければー」というような)

そして本能むきだしの悪魔の一人が僕です。
この悪魔3人をダンサーが今回演じるというのは、まさにうってつけのことかもしれない。
僕らダンサーはこの社会の中では常に欲望をさらけだす悪魔みたいなものだから。
獰猛な欲望そのままに僕はタップの音の中に棲むことができる。
なんの抑制もない世界。
今回のひとつのシーン、十字架の光の中で踊る場面では、自分自身の葛藤ありのままに、
欲望と制約と、自由と不自由とか、言葉にできないような見えないことを、表現するというよりはさらけだそうとしている。
今回の振り付けの大島早紀子さんが言ってくれた。
『ダンスで表現しようとしていることは結局は見えないものなんだ』と。
本当はなにも見せていないし、見えてないものをお客さん達は感じとる。
そんなことを作品にしようとした大島さんの世界観はこの『クラリモンド』で濃厚に出ている。

今回のダンサーの一人、舘形さんとはこんな話をした。
『人間の弱さっていうのは、隠すものじゃない。それが魅力だし武器なんだ』
舘さんは素晴らしいダンサーである前に魅力ある人だ。

そう、今回演じていることは実は演じているのではない。
葛藤からは逃げるのではなく、その不安をありのままに認めて生きていくこと。
舞台上にいる自分もリアルな感情を求めている。
開次くんはついに怪我をして、顔に血を流したままカーテンコールをうけた。
その姿は僕になにかを与えた。
それも舞台上に生きている人間のリアリティ。

『おまえは足に脳みそがついてんだなー。」
と演出家の栗田さんに言われましたが。
こんなに人間くさい人はなかなかいません。

まだまだこの旅はつづきます。
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by kazthehoofer77 | 2006-05-27 02:54
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