傷だらけの東北から

最近はなかなか言葉がうまくでてこない

なかなかうまく言葉にすることができずに時間が経過しました。

震災の影響で延期していたKAZ TAP STUDIO3周年のイベント『奇跡と軌跡』が無事に終わり、
四国、北海道、そして被災地の宮城へとツアーで回っていました。

このツアーはFRIED PRIEDのゲストとして、トランぺッター日野皓正さん、COBAさん,ヤヒロトモヒロさんと一緒に回ってきました。
ツアーのなかでチャリティーもやってきましたが、毎回毎回みなさんとチャリティーについての意味や自分達の役割などたくさんのことを話し合いました。
大先輩とも言える方がたと共演し、そのような話を旅をしながらできた経験はとても貴重なものでした。本当に感謝しています。

そして地元宮城でのライブでは、割れんばかりの拍手と歓声に思わず涙なしにはできませんでした。

大河原のえずこホールのビルの前にも痛々しいほどの傷がまだ残っていましたが、
たくさんのお客さん達のエネルギーは、この震災を乗り越えてきたパワーをものすごく感じました。

この震災をきっかけにこれほどまでに、自分の故郷を想う気持ちが強くなるとは
ほんとうにおもってもいないことでした。
19歳ですでに旅立っていたこの東北を想うとき、この傷だらけの場所は自分自身なのだと
おもうようになりました。そういう感覚はまた不思議です。

「被災地にいかれましたか」というふうに聞かれたときも、いつもなにか不思議に感じるのは
ただ「里帰り」している気持ちのほうが強いからだとおもいます。

そしてこの故郷の復興のためにただ頑張りたいと前向きに思う反面、
どうしても最初に書いたように『言葉が出ない』と思うのは、前向きに想うこととと同じくらいに強い後ろ向きなエネルギーも同時に感じるからなのです。

それは故郷へ帰る道すがらいつも想うこと
『地震、津波だけでも酷いけれど、もし原発の問題がなかったらどんなに復興への道は違ったろうか』
ということです。
それは起きてしまった今、考えても仕方のないことかもしれませんが、
たった今も継続して、この原発の問題は起こり続けていて、なんの解決の糸口も見いだせていない
という現実に向き合うと、あまりにも無力さを感じてしまいます。
さらにこの原発の問題には、なんとなく一般的に話をしにくい状況があり、それが前に進みにくい状況をさらにつくりだしているような気がします。
「自分にはどうしようもない問題」と考え、沈黙でいることはあまりに後ろ向きすぎる行為です。

震災が起こってから、我慢強い東北の人たちは、あらゆることに耐えてここまでやってきたのだとおもいます。そのことは世界からも評価されました。
しかし、この原発の問題に対し、受け身でいることはもはやできません。
ある意味、今自分たちは『変化』というチャンスの渦の中にいるのだとおもいます。

ぼくたちにできることは正しい知識をしっかりと持ち、自分達の選択でこの問題に向き合っていくことではないでしょうか。
イタリアの国民が自分達で決めて、行動したように僕らも一歩踏み出すときがすぐそこにきている気がします。
仙台で読んだ新聞の記事にはこう書いてありました。

『東北を世界のフロンティアに』

たくさん傷ついてしまった東北という土地がこれから本当の意味で復興していくということは
世界のモデルになるような新しいあり方を提案していくこと。
そしてその世界を創っていくのは今しかないし、
それができるのは今ここにいる僕らでしかない。

最終的にはこの世の中を変えていけるのは、たった少数の権力者ではなく
もっと多数の国民ひとりひとりの声と力でしかないのだ
と強く想います。

そういう時代に僕らはいま生きているのだと思います。

この傷だらけの大地を踏みしめながら、

いま強く想うのです。 


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『奇跡と軌跡』より
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by kazthehoofer77 | 2011-06-30 02:13
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