REMEMBERING 911 あの日から9年

深夜2時過ぎ、あと数時間で次の旅へ出発だというのに寝れる気配もないので、
ひさしぶりにゆっくりブログでも書いてみようとおもう。

今日は2ステージを終えて、ホテルに帰り一息ついてから今日の日付が9月11日だったということに気づいた。
それから、夜の街の景色を見ていると9年前のNYでのあの日のことを思いだしていた。
僕はブルックリンのアパートに住んでいた。朝、9時くらいだった。近所の慌ただしいサイレンの音と人が走るような音、それから日本から立て続けにかかってきた電話に起こされた。
事の状況がわからないまま、アパートの屋上へのぼるといつも美しくそびえたっていたツインタワーが煙に囲まれ信じられない光景が目の前にあった。

これは事故なのか、戦争なのか、ぼくはいったいどうしたらいいのか、
なにもわからないまま、
自分の部屋のテレビがつかなかったのでアパートの隣人の部屋でブッシュの演説を聞いていた。

それからの記憶というのが、いまではあまり思いだせない。

地下鉄も走らず、行き場も無い。身寄りもなかったあの状況は、自分にとって孤独な時間であった。
だけどあのときの恐怖を乗り越えられたのは、きっとすべての街の人が一同に同じ悲しみや恐怖や孤独を、
心の深い部分でみんな共有しているのを感じられたからだったのかもしれないなあ、と今思う。
不思議な一体感というか、つながりというか。知らない人達ともたくさん話をした。
実際、そのときNYにいなかった友人達は、その瞬間にNYに帰りたいとおもったと言っていたのは興味深い心境だとおもう。

普段は忘れているし、ほとんど思いだせないことのほうがおおいけれど、
あの日の出来事は自分の心の中に深く刻み込まれ、自分の人生の活動の根底にあのことがいつもあるのではないかとおもう。

たくさんの人達の命が一瞬にして奪われたあの日のことは、もう絶対に起きてほしくないこと。

そのことをわすれずに、いまいる自分の状況にはいつも感謝していないといけないんだとおもう。

今日という日にお祈りを捧げたいとおもいます。

そしてこれからの幸せを願って。

KAZ 9/11/2010
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by kazthehoofer77 | 2010-09-12 02:59
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